蒲鉾屋 1.0

自作落語台本

「あぁ〜、ここどこやねん。ベロベロに酔うて電車乗ってたら全然知らんとこに来てしもうた。オエェ〜ッ。あー気持ち悪。どこの駅で降りたんかもわからんし。こらもぉタクシーのらなしゃあないな。せやけど、全然車も走ってへんけど、タクシー居てるんかいな。あ、ちょっとあの人に尋ねたろ。あのぉ、えらいすんませんけど、ここらで待ってたらタクシー来ますやろか?あの、聞いてまっか?タクシー拾いたいんですけど!…あぁ、なんや。お地蔵さんか。そら返事してくれへんわな。はっはっは。はぁ〜あ。困ったなぁ、これ。

あ、車きた。あれタクシーやったらええのにな。タクシーか?止めたろ。おお〜い!タクシー!!止まって!乗せて!タクシー!!」

***

「ありがとうございます。どうぞお乗りください」
「ほな、乗せてもらいまっさ。どっこいせ」
「どちらまで行きましょう?」
「うん、ワシのうちまで」
「いや、わたしお宅の場所はわかりませんけど」
「え!知らんの?」
「いま初めてお会いしたとこですからねぇ。ちょっとわかりませんので、道順教えてもらえますか?」
「知らん」
「え?」
「道は…わからん。わからんからタクシーに乗ったんや」
「それは難しい話で。なにか場所がわかるよぉなもんございませんか?」
「あぁ、ほなこれ。はがき。これに住所書いてあるわ。ここまで行って」
「あぁ、住所あるんやったら大丈夫ですね。ナビに入れてさしていただきます。あれ?ずいぶんと遠いですねぇ。車でも1時間くらいかかりますけど」
「だぁ〜いじょおぶ。かめへんから行ったって」
「はい、ありがとうございます。ほな出発いたしますので」

***

「ところでなぁ運転手さん、ワシ酔うてるよぉに見える?」
「見えますねぇ」
「そぉ?実はな…酔うてんねん。びっくりしたやろ!」
「いや、完全に酔うてはりますよ。『びっくりしたやろ?』いうセリフにびっくりしたくらいで。だいぶ飲んだんと違いますか?」
「飲んだ!飲んだねぇ〜。飲んだ?ワシ飲んだ?」
「そんだけベロベロですから、相当飲みはったんやとおもいますけど」
「そう!飲んだ。会社からの帰り道、飲まなしゃあないで!と思ったところでたまたま見つけた居酒屋に入ったんや。ほしたら晩酌セット1000円!生ビール一杯に…アテはなんやと思う?」
「枝豆とか?」
「ちゃうで!なんと刺身一皿と焼鳥2本!安いやろ!!」
「そらぁ、安いですねぇ」
「せやろ?ほんでキュ〜っと飲んでまうから、もう一杯と頼むがな。ほんで飲んでたら、アテがなくなってまうんや。ないとちょっと寂しいから、なんか注文するやろ?ほしたら、そのアテが出てくる間にビールがなくなる。しゃあないから、今度はビール頼む。またアテがなくなるから頼む…これいつになったら帰れるんや?」
「適当なとこでやめなはれ」
「せやねん。流石にもう飲めんと思うて店出たんや。ほんで歩いてたら、ヨッさんに会うたんや。びっくりするやろ?」
「いや、そのヨッさんがわからんので」
「何を言うてんねんな!ほんまに知らん?あのヨッさんやで?」
「ほんまにわかりませんねん。どこのヨッさんです?」
「あれや、あれ!歌うたってる」
「まさか、吉田拓郎ですか?」
「…の歌を近所のスナックで歌ってる、山田ヨシヒロ67歳やがな」
「知るわけないでしょ!」
「せやけどな、スナック以外で会うん初めてやったから、『ちょっと一杯行こか!』となって、気ぃついたらさっきのところ歩いてたんや」
「記憶なくしてるやないですか。気ぃつけなあきませんで」

***

「ところで、お客さんのとこまでまだだいぶかかるんですけど大丈夫ですか?」
「大丈夫や。この後の予定は家帰って屁ぇこいて寝るだけ」
「それはええんですが、お金大丈夫ですか?一万円ではききまへんで」
「なんじゃ、そんな事か。心配せぇでもちゃぁんと払ろたるわ。金はなんぼでもあんねん。心配せんかて大丈夫じゃ」
「ホンマですか?まぁ払ろてもらえるならええんですけど」
「なぁ、なんでワシが金ぎょおさん持ってるか気になるやろ?」
「いや、別に聞かんで大丈夫です」
「ほんなことないやろ。何でこないベロベロに酔うた頼んない男が金持ってるか気になるやろ」
「払ろてもらえたら何でもええんです」
「嘘かも知らんで?」
「嘘なんですか?」
「嘘ちゃうけど、何で持ってるか聞いといた方がええのとちゃう?」
「じゃまくさい人やなぁ。ほな、何でそない金を持ってはるんですか?」
「それだけは言えん!」
「自分で聞け言うたやないですか!」
「なんや、そこまで聞きたいねやったら。教えたる。あんたとワシの仲やからな」
「どんな仲ですねん。さっき会うたばっかりで」
「いや実はな、ちょっした臨時収入があってん」
「宝くじでも当たりましたか?」
「いやぁ退職金みたいなもんや」
「退職金・・・ですか?」
「せやねん。実はな、リストラにあってクビになってしもたんよ。ワシな、長い事サラリーマンやってたんやけどな、出世競争に敗れてなぁ。出世は諦めてたんやけど、それでも真面目に働いてきたんや。ところがなぁ、ワシの関わってきた事業から会社が撤退することが決まったんや。若いもんは別の事業部に異動したりして会社に残ることになったけど、ワシみたいな年寄りはもういらんのやて。そう思ったらアホらしなってきてな。退職金も入る事やし、ありったけの預金をおろして『ヤケ酒やぁ〜』てな事で繰り出してきたんや。しょうもない話やけど、そんなことで今は金だけは持ってんねん」

「そうでしたか。辛いことがあったんですなぁ。でもねぇ、お客さん。気持ちわかりますが、お酒はほどほどにした方がええです。実は私も、色々ありまして、元からこの仕事してた訳やないんです」
「そうなんか。前は何してたんや?」
「こう見えても、大阪の方で、江戸時代から続く蒲鉾屋の主人やったんです。自分で言うのも何ですが、そこそこ大きい店でね。まぁ羽振りの良い家庭で育ったんです。親父が死んで、その店を引き継ぎましてね。先祖代々続いてきた店ですから、常連さんも多くて、そこそこ順調な滑り出しやったんですけど、その分プレッシャーも大きぃてね。今にして思えば、逃げるような気持ちもあったんでしょうが、毎日の晩酌がやめられんようになりましてね。量もだんだんと増えていって、ついには仕事中にも飲んでるようなことで、まぁいわゆるアル中というやつですわな。そのうちに取引先からの信用も失って、従業員も辞めていってしまって、あれよあれよという間に倒産してしもうたんですわ」
「それは大変やったなぁ」
「せやけど、そん時はまだ、周りに裏切られたと思ってショックを受けてましてね。また酒が増える悪循環ですわ。そんなんしてたら、ついには嫁さんも愛想尽かして出ていきましてね。そこでヨォやっと気がついたんです。全ては酒に溺れた自分が悪かったんやと。そんなわけで一念発起して酒を完全に辞めましてね。何やかんやとありましたが、なんとかタクシードライバーになる事ができたんですわ」
「あんたも色々あったんやねぇ。やっぱり酒はきぃつけなあかんか」

***

「実を言うと、今日は初めて運転手として仕事する日ぃやったんです。昼間から走っててお客さんも捕まらんから、『初日から上手くは行かんか』と思ってたところに、お客さんが止めてくれはったんです。せやから、お客さんは私にとって記念すべき最初のお客さんなんです」
「へぇ。ワシが初めての客?いきさつを聞いてからやと余計に光栄な感じがするなぁ。せやけど、全然初めてには見えんで」
「そうですか?」
「そうやて。初めてどころかベテランの雰囲気あるで。なんと言うか、ずいぶんと運転手姿が、板についてるがな」
「褒めてもろうてありがとうございます。せやけど、お客さんの前ですが、板についてるのは当然のことなんです。なんせ元が…

蒲鉾屋ですから」

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